2025年10月10日
まちおこし舎etwas 貴志 貞広
9月のとある平日の午後。あまりに天気がいいので、ふと思い立って買ったばかりのオートバイにまたがった。目指すは、自然豊かな山の中。市街地からわずか15分で原色の景色に飛び込めた。緑が濃く、空は青く、ガードレールは黄色い。信号も対向車もない。田舎ならではの爽やかな時間で心身をリフレッシュできた。仕事の面でも、観光振興の可能性を肌で感じた。
それから数週間後。2日連続でにぎやかな日本酒イベントに参加した。初日は、全国の名門蔵元49蔵が集結した「唎酒会」で、2日目は福島県の酒蔵を集めた屋外イベント。いずれも、著名な蔵主らが参加しており、盃を次々と空けながら酒造りの奥深さやトレンドを生で学べた。こちらは、集客力のある都会だからこそ体験できる機会だった。
最初のエピソードは新たに拠点を構えた故郷・山口県で、次が移住後も住処を残した東京都での出来事だ。6月に旅行会社を退任して約4か月、「都会/田舎」「にぎやか/静か」のコントラストが激しい日々を送っている。「二拠点活動」を選んだことが、それを可能にした。
「二拠点」の相乗効果は、想定以上だった。
今回、「旅でつなぐ 山口の未来」をキャッチフレーズに個人事業を始めたが、地元のパートナーからは「東京につながりを持ち、知見や人脈を保っている人」への期待を感じる。月に半分しかいないからこそ、上京中は積極的にイベントに顔を出し、人に会うようにもなった。通勤で往復するだけだったころには見失っていた、東京の魅力を再発見した。
一方、きちんと故郷に拠点を構えたことで、山口では新たな人のつながりができた。最近も、DXに熱心な金属精密加工会社の三代目社長や、娘の海外情報発信活動を支える歯科医と知遇を得た。おそらく、帰省や観光でたまに訪れる腰かけでは、知り合えなかった人たちだろう。
実は、高校まで過ごした故郷は、暮らす場所としてはあまり好きじゃなかった。近所付き合いが濃くて、一挙手一投足がいつの間にか集落じゅうに伝わった。アンジェラ・アキが「繊細な糸で素朴な街に縛り付けられていた」(「HOME」より)と歌った息苦しさ、煩わしさがそこにはあった。
故郷を離れて45年がたち、商店街の「シャッター街」化など人口減と高齢化による衰退は目を覆うばかりだが、生活は意外と便利で快適なことに気づいた。車(かバイク)があれば、いつでも、どこでも行けて、渋滞や満員電車のストレスがない。おまけに、空港の駐車場がタダで、料金を気にせず車を置いておける。瀬戸内のキトキトの魚が、信じられないお手頃価格で食べられる。周南市の居酒屋でご一緒した2人の税理士さんは、この居心地のよさを「便利な田舎」と評した。言い得て妙だ。
もちろん、「二拠点活動」は、すべてがバラ色ではない。家賃は2倍かかるし、交通費はかさむ。ゴミ捨ての日を忘れて移動すると、戻った時にプチ惨状が待ち構えている。それでも、私の転機を知って、多くの人から「実は、自分も考えている」という声をいただいた。その方々に今、4か月の経験を踏まえ、「おすすめします」と自信を持って言いたい。地元コミュニティでは、新たな活躍の機会が得られるだろうし、都会の良さを再発見するきっかけにもなる。何より、人生が豊かになること請け合いである。
政府も後押しして、このところ話題の「二拠点活動」。思い立ったら、気軽にご相談ください! (ライター 貴志貞広)
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地方で事業する中で、心にうつりゆくよしなし事を書きつくる随想集「ズレズレ草」を、ペンネームで随時、掲載します。昔から電話などで「サダヒロです」と名乗ると、「下の名前でなく苗字を」とよく言われたし、有名作家を含め貴志という苗字はあることだし、この際、ひっくり返して、ライターとしては別人格になってみました。洞察力にあふれた本家「徒然草」とは、比べるべくもないですが、世間とはちょっとズレてても本音を記す欄にします。ぜひ、ご愛読ください。




