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ズレズレ草其の五 山口がインバウンド誘客に本気を出すべき4つの理由

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2026年7月16日

CATEGORY:随想集「ズレズレ草」
ライター 貴志 貞広

 山口市徳地の幹線道路からちょっと奥まったところに、「超民家やまね」はある。看板や標識はなく、Google Mapsでも正しく位置表示されない。遠目にはまわりの古民家と区別がつかないが、ここを目当てに欧米豪などからの観光客が電車とバスを乗り継いで押し寄せる。

 この民泊を営む山根賢三郎さん・早紀さん夫妻は、2ヘクタールほどの農地を耕して自給自足を目指す暮らしをしつつ、世界からの旅人を受け入れている。民家の周りには手仕事感あふれる農地が広がり、屋内の棚には趣味のいい食器が並ぶ。山根さんは、インバウンド人気の秘密を「こうした暮らしが実は進んだ生き方で、お客さんはそれを理解してくれている」ことだと言う。欧米豪からの日本リピーターが中心で、田園風景の中で地元住民と触れ合ったり、山根さんの4歳と2歳の子供と遊んだりして、平均3泊ほど滞在していく。

 実は今、山口県にはインバウンドで急成長するチャンスが来ている。「やまね」はその先行事例と言える。意外に思われる方も多いと思うので、意外性の大きい順に理由を4つ挙げる。

①山口県にはインバウンドで大化けする素材がある

 追い風となっているのは、観光市場が「モノ消費」から「コト消費」に、観光地を巡る物見遊山からディープな体験志向へと急速にシフトしていることだ。東京や京都、大阪を一度訪れて、日本ファンになった旅行者たちは、次はゆっくりと、その土地ならではの、知られざる日本を体験できる目的地を目指す。

 私自身、2月下旬に周南市・大津島で「回天基地と島の未来」ツアーをお手伝いし、体験志向の高まりを肌で感じた。この企画は、地元・周南市の高校生(4月から大学生)の椎木双葉さんが発案したもので、彼女自身が英語でインバウンド観光客を案内した。

 参加者の1人は、「SNSの宣伝をたまたま見た日本通の叔父に勧められて、ツアー前日に申し込んだ」というキューバ系アメリカ人の若者アレックス君。人間魚雷・回天について何も知らなかったという彼は、ツアー後のアンケートに、「国のために命を投げ出した回天搭乗員の遺書などに、心を打たれた」と回答した。

 私は昨年、44年ぶりに東京から故郷・山口県に戻って、観光を通じてまちづくりを進める個人事業を始めた。そんな「よそ者」の目には、ささる仕掛けをつくれる文化や歴史、食の魅力を持つスポットが県内にたくさん見える。

②交通事情が意外とインバウンド向き

 県内では、やれローカル線の廃線だ、バスの減便だと、交通網について気が滅入る話題を耳にする。しかし、ことインバウンド観光に関しては、県内の交通事情には旅行者を案内しやすい面がある。

 近年の規制緩和で、通訳案内士の資格がなくてもローカルガイドとして外国人を案内できるし、二種免許がなくても、送迎の対価を受け取らない範囲なら、自家用車で駅や空港から観光地に送迎できるようになった。

 最近、東京に行かれた方は、高級ホテルの前に黒塗りのアルファードがずらっと並んでいるのを目撃されたかと思う。インバウンドの二次交通は、バスではなくこうした小グループでの車移動が主流になった。要は、乗用車とガイドさえいれば、山口宇部空港から「道の駅くんくのだいち」にだって案内できる。

 山口県は、山奥でもむやみに道はいいし、渋滞がない。信号もほとんどない。ついでに言えば、国外・県外からの訪問客には、黄色ガードレールが物珍しく、緑に映える。インバウンドに快適な移動と非日常の時間を提供できる。

③立地がインバウンド誘客に絶好

 観光庁統計で都道府県別の外国人延べ宿泊者数(2025年)を見ると、福岡県が7,909,710人泊、広島県が2,120,570人泊なのに対し、山口県は161,890人泊となっている。福岡県の実に49分の1だが、これを「隣県より遅れている」と見るのでなく、「隣県から需要を取り込める」ととらえたい。山口県には、伸びしろしかない。

 山口県の観光素材が素晴らしいからと言って、現状では、地球の反対側にいるチリの人たちに向けて、いくら「おいでませ山口へ~」と大声で叫んでも、わざわざ来てもらうのは、なかなか厳しい。だが、われわれの明日のお客様は南米でなく、広島や福岡にいるのだ。特に、欧米豪からの観光客は、日本に10泊ほどして、現地に着いてから翌日の訪問先を決めたりする。日帰りでも一度足を運んでもらえれば、次につながる。

④インバウンド観光は成長産業

 「観光産業は今や自動車産業(17.6兆円)に次ぐ第2の輸出産業」といわれる。25年の訪日旅行消費額は9.5兆円まで伸びた。域内で閉じた商取引と違い、インバウンド誘客は地域に外貨をもたらし、市場規模を広げる。宿泊から食事、土産、交通まで経済効果のすそ野も広い。若者にとってやりがいのある仕事でもある。インバウンド需要の一部でも取り込めれば、地域活性化に大きな効果をもたらす。

              ◆

 超民家やまねと同じ徳地に、1日1組限定のゲストハウス「Shian」を昨秋、オープンした丸本華代さんは、「ここには日本の良さが凝縮している。和紙や茶、茅葺など身近な自然を循環させて色々なものをつくっている。都会では感じられない『ザ日本』が残っている」と評する。丸本さんが関わる徳地地域資源活用ネットワークは最近、「徳地農泊」という英・日本語パンフレットを制作した。一棟貸しの民泊から和紙体験、それに日本古来のサウナの石風呂まで多彩な体験を提供している。これを手に、知的好奇心の強い欧米豪からの旅人たちが、徳地を散策する日は遠くないかもしれない。

 よく「インバウンドをやりたいのはやまやまだが、カネがないし、受け入れ体制もない」と聞く。だが政府は、インバウンド観光と地方振興に大きな予算を投じている。観光庁の2026年度の関連予算は1,383億円と、補正を含む前年度実績(804億円)の実に72%増。しかも、今年度の重点施策は、「地方誘客の推進による特定の都市・地域への集中是正と分散の推進」。今インバウンドの姿をあまり見かけない山口県は、逆に理想的な受け皿だ。カネは、東京にはある。

 体制に関しては、ガイドできる人材から多国語対応の標識まで不足しているのは事実だ。私は今、県内の観光資源に付加価値と英語通訳をつけて商品化すると同時に、外国語で案内できるローカルガイドのゆるやかなネットワークづくりに取り組んでいる。県内では地域通訳案内士の養成研修が5年ぶりに再開された。AIの進歩で言葉の壁は下がり、外国人受け入れに伴う「面倒さ」もだいぶ減じた。やる気さえあれば、誰でもインバウンド客を案内できるとさえいえる。

 だが、個人の努力には限界がある。やはり、産官学がタッグを組み、地域ぐるみで取り組む必要がある。カネと体制がないことを言い訳にしている間に、外貨はさらに隣県に吸い取られる。

 ここはぜひ、かのNYタイムズに、「行くべき観光地の世界第3位」と賞賛された山口市が先頭に立って、山口県のインバウンド成長を引っ張ってもらいたい。観光施設「重源の郷」が、気づけば予約のとれない人気スポットになっていた――そんな未来を、ぜひ一緒につくりましょう。

(本稿は、2026年6月発行の「山口七夕会 会報60号」  に掲載された原稿を、同会の承諾を得て転載したものです。一部、表現を変更しました。肩書、年齢、統計等は掲載当時のものです)



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